2011年3月11日
2016年03月11日 (金) | 編集 |
人には誰でも「忘れられない日」があるのかも知れませんが、私は自分が結婚した年も、親の誕生日も覚えていない日付に疎い人間。 だから、「何月何日にどこで何をしていたか」を覚えている日はほぼありません。 唯一、明確に覚えていて、きっと一生忘れないのは2011年3月11日、東日本大震災が起きた日です。 

その日、私は外出していて、地震の後、急いで車で家に戻りました。 車を運転しながら、映像が見えないテレビの音だけを聞いて、自分の家も津波にのまれるんじゃないかと錯覚するような不安でいっぱいだったのを覚えています。 家に大きな被害はありませんでしたが、地震で鍵を閉めていなかった窓が全開になっていて、愛猫のジェスロの姿がなく、外に逃げたと思って柴丸と一緒に探し回りました。 暗くなってしまったので家に帰り、柴丸にエサをあげようとしたらジェスロが家具の裏から出てきて体のチカラが一気に抜けました。 


うちの猫写真 506


あれからもう5年、色々な事がありました。 家には2匹の姉弟猫「芹」と「ディラン」が加わりました。 地震の時には元気だった私の母と夫の母は、もうこの世にはいません。 ちばわんで保護した被災犬を預かってくれた元気一杯だった友人も、あっと言う間に癌で亡くなりました。 「自分もいつまでも健康ではない。 今やらないと、いつやれるか分からない。」 その頃はまだ何となくしか考えていなかった猫カフェのオープンに踏み切ったのも、震災の影響が大きかったと思います。


うちの猫写真 260


5年が経ち、最近では震災の事を思い出す事もありません。 でも5年も経つのに、まだ震災前の生活に戻れない方が沢山いらっしゃいます。 まだ仮設住宅を出られない方、家があるのに帰れない方、家畜を全て失った方、農地があるのに使えない方・・・。 私が被災者の立場だったら、保育園落ちたどころの騒ぎではなく、「日本死ね!」と思います。 日本死ねと思いながら、自分が死ぬかも知れません。


うちの猫写真 393


東日本大震災から学んだ事は沢山あります。 自分の大切な物は自分で守らなければ誰も助けてはくれない事。 被災して全てを失っても国や自治体は何もしてくれない事。 だから自分が困らない為の備えが大切な事。 ブランの猫達も含め、私には5年前より守らなければならない物が色々増えました。 きっと多くの方が、2011年3月11日を覚えていると思います。 今一度あの日を思い起こし、自分の大切な物を守る為、今後、起こると言われている首都圏直下型地震や南海トラフ地震に備えていただければと思います。





スポンサーサイト

命を繋ぐ赤い糸を結ぶため、1クリックにご協力をお願いします。→ 

2016/03/11 16:55 | 柴丸&ジェスロ | Comment (0) | Top▲
 新入り猫の「六太(ムッタ)」と「ケンジ」
2016年03月09日 (水) | 編集 |
ご紹介が遅れましたが、3月3日より横浜市動物愛護センターから引き出した2匹の新入り猫が入居しています。 1匹は7歳のキジ白の男の子。

DSC_0455.jpg


今回はなかなか名前が決まらなくて、時間が掛かってしまいました。 色々考えて、このキジ白くんは先に入居していた同じくキジ白の三太(さんた)の次って事で「六太(ムッタ)」になりました。


DSC_0456.jpg

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、「六太(ムッタ)」は「宇宙兄弟」という漫画の主人公。 宇宙飛行士を目指す兄弟達の話で、映画化もされました。 (六太役は小栗旬さんでしたが、私がキャスティングするなら六太は大泉洋さん。)
となると、もう1匹は六太の弟、「日々人(ひびと)」って事になりそうですが、どうもヒビトってイメージではなく・・・


DSC_0452.jpg


一緒に入居した白黒君は、六太のライバルであり、親友でもある「ケンジ」にしました。 この白黒君はまだ1歳。 左目が白濁しているのは、センターで風邪をこじらせて角膜に穴が開いてしまい、角膜再生手術を行ったからだそうです。 角膜は再生し、視力もありますが、濁っているので右目ほどは見えていないかも知れません。 そのせいか、1歳の割には大人しめ。 全力で走り回ったりする事もなく、お腹を出して甘えては、撫でてもらうのが好きです。 手術で剃毛したせいでちょっと強面に写っていますが、実際は人見知りもなく、他の猫達とも上手く付き合える性格花丸男です。


DSC_0509.jpg


六太は7歳にしては口臭もなく、毛並も綺麗で若々しく見えます。 他の猫が怖いようでちょっとビビっていますが、人に対しては甘えん坊で警戒心もなく、オモチャで遊んでもらうのも大好き。 首輪がきつかったようで首輪の後がハゲてしまっていますが、マイクロチップも入っていました。 六太はセンターに持ち込まれたようですが(外での捕獲ではなく)、きっと大事に飼われていたのだと思います。 猫にマイクロチップを入れる飼い主さんはまだ多くはありませんし、迷子になった時に帰れるようにしっかり首輪も付けていた。 寄生虫がいなかった所を見ると完全室内飼いだったのでしょうし、飼い主さんにオモチャで遊んでもらっていたのでしょう。 7歳で口内や毛並が綺麗なのは健康を気遣ってずっと良質なフードを与えていたからでしょうし、何より人に対する信頼感が厚いのはずっと飼い主さんに愛されていたからでしょう。 いつもなら、「7年も飼って捨てるなんて!」と思ってしまいますが、「どんな事情があったにしろ、こんなに大事にしていた子と離れるのは飼い主さんも相当辛かったのでは?」と思えてしまいます。


DSC_0541.jpg
 

完全室内飼いが増えたせいか、最近では20歳越えの猫も珍しくありません。 私自身、20年後どころか明日だってどうなっているか分かりません。 年齢に関わらず、病気だったり事故だったり、人間側にも予想しなかった様々な状況が訪れ、ペット達もその余波で翻弄されます。 自分に何かあった場合、最愛の猫や犬達が不幸にならぬように準備をしておいてあげるのも大切な事ですね。



命を繋ぐ赤い糸を結ぶため、1クリックにご協力をお願いします。→ 

2016/03/09 16:21 | カフェブラン | Comment (0) | Top▲
 アッシュの家族が決まりました。
2016年03月04日 (金) | 編集 |
アッシュの件では多くの皆さまに悲しい思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。 また、アッシュの急逝を悼む沢山のメッセージをありがとうございました。 私にまで優しいお言葉やご心配をいただきありがとうございます。 まだ気が緩むと涙が溢れてしまいメッセージの返信ができませんが、私は大丈夫です。

水曜日にはブログでアッシュの急逝を知った方々が、お花を持ってご来店下さいました。 店内に設けたアッシュの祭壇は、お花でいっぱいになりました。 沢山のお客様に可愛がってもらい愛されたアッシュは、短くも幸せな人生だったと思います。

DSC_4449.jpg


1歳の元気な猫が急死してしまった事は私の中でも納得できず病理解剖も考えましたが、死因が分かったところでアッシュが生き返る訳でもなく、何より綺麗なアッシュの体に傷をつけるのが嫌だったので、そのまま火葬していただきました。


DSC_4441.jpg


アッシュが正式譲渡になった後で亡くなっていたら、遺骨は私の所へは戻ってきませんでした。 2月27日がアッシュの寿命が尽きる日でそのままブランに居たとしたら、誰もいない深夜に倒れて介抱もされないまま息を引き取ったでしょう。 アッシュが譲渡先でずっと幸せに暮らしていたら、今はまだ鮮明に覚えているくぐもった鳴き声や膝に乗った時の重さや甘える仕草も、記憶の彼方へ消えていったと思います。 でも、アッシュが戻ってきた事で、私の心の中にアッシュの居場所がしっかりと出来ました。 数え切れない程のアッシュの思い出は、ずっとそこに留まって繰り返し思い出され、消えることはありません。 それが本当の意味でアッシュが「私の家族になった」という証なのだと思います。 

おもちゃとマタタビの日 050


子猫の頃は、お客様にオモチャで遊んでもらうのが大好きでした。 運動神経が良くて、大ジャンプも得意でした。 オヤツが大好きな食いしん坊で、指まで噛んで叱られました。 一番腕が長いのに、すぐに目を瞑るからいつも鼻先を引っかかれでイジケていました。  身体は一番大きくなったのに中身は子供のままで、ケンカを売っては返り討ちにあい、「アイツがいじめるんだよ~」と鳴きながら私の所へ言いつけにきました。 そんな屁タレなアッシュが可愛くて大好きでした。 多分、皆さまの心の中にはそれぞれのアッシュの姿が記憶されていると思います。

おもちゃとマタタビの日 097


葬儀を私の名前で申し込んだので、アッシュの骨壷には「岡本アッシュ」の記されていますが、アッシュはブランの子だと思っています。 アッシュにとって一番長く過ごしたブランがアッシュの家で、可愛がってくださった皆さんがアッシュの家族なのだと思います。 心の中にアッシュの居場所を作って下さった皆さまが、アッシュの本当の家族なのだと思います。 預かりっ子達の家族を探すのが私の役目ですが、アッシュにはもうこんなに沢山の家族がいた事に今更、気付きました。

おもちゃとマタタビの日 057

私はいつも「一日も長く生きて飼い主を喜ばせるのがペットの役目だ。」と動物達に伝えます。 アッシュはこんなに早く逝ってしまい、私を含め多くの家族をこんなに悲しませました。 だからアッシュには守護天使となって働いてもらいます。 天からブランやブランの猫達を守れるのは、天使になったアッシュにしか出来ない仕事ですから。 屁タレで食いしん坊なアッシュの事ですから、時には仕事をサボって猫部屋の棚の上でゴロゴロ寝ていたり、オヤツの時には他の猫に紛れて食べにくるかも知れませんが、大目に見てあげて下さい。

おもちゃとマタタビの日 051

今日から猫部屋には新しい猫が2匹、入居しています。 この子達もアッシュがちゃんと仕事をすれば、きっと良い家族を見つけられると思います。 それまでアッシュ同様、可愛がってあげてください。 どうぞよろしくお願い致します。





命を繋ぐ赤い糸を結ぶため、1クリックにご協力をお願いします。→ 

2016/03/04 00:02 | カフェブラン | Comment (2) | Top▲
 アッシュの事
2016年03月01日 (火) | 編集 |
アッシュの事で皆さまにご報告しなければならない事があります。 本当はもっと早くご報告しなければいけなかったのですが、私自身の気持ちが混乱していて書けずにいました。

2月21日からトライアルに出ていたアッシュですが、28日の朝、ねこ親さんから「アッシュが昨夜、急逝した」と電話がありました。 27日の夜、家の中を歩き回っていて、バタンと大きな音がしたので行ってみるとアッシュが倒れていて意識が無かったそうです。 急いで夜間救急病院へ連れていったが既に心配停止状態で、獣医さんも「脳か心臓に突発的な発作が起きたのではないか」と言っていたそうですが死亡原因は特定できなかったそうです。

アッシュの遺体は28日の開店前にねこ親さんが持ってきて下さいました。 私の知っているきれいなアッシュでしたが、冷たく硬くなっていました。 アッシュは店にいましたが、お客様には伝えられませんでした。 私は涙を抑えるのに精一杯だったので。
閉店後にアッシュを猫部屋に連れて行き、みんなに会わせた時、崩れ落ちて号泣しました。 40年以上生きてきて、自分でも驚くほど泣きました。 悲しさと悔しさと申し訳なさで気が狂いそうでした。
アッシュを家に連れて帰ろうかとも思いましたが、アッシュの家はブランだし、アッシュはここへ帰って来たかったんだろうと思い、猫部屋とガラス戸で仕切られたロッカールームにアッシュの好きだった敷物の上に寝かせて帰りました。

29日の朝、平和会ペット霊園に電話し、火葬の予約をしました。 キャバリアのブリーダーレスキューで一斉手術を行なった際、会場となった霊園です。 こんな形でお世話になるとは思っていませんでしたが、丁重に葬っていただきました。 店にブランを迎えにいき、抱っこして猫部屋を歩き回りました。 1年以上、毎日一緒に過ごした猫部屋。 いつもアッシュが動き回っていたのに、腕の中で固まったままのアッシュを抱いて色々な話をしました。 ダンボールにお気に入りの敷物を敷き、食いしん坊のアッシュが好きだったおやつとフードを入れ、咥えたら放さなかった大好きな兎の毛皮も入れてペット霊園に向かいました。

参列者は私と愛犬の柴丸だけでした。 沢山のお花で体を覆い、おやつとお気に入りのオモチャを持たせて火葬しました。 アッシュを可愛がって愛してくれた沢山の人の分もお線香を上げました。 アッシュの骨は健康で若い猫らしく、きれいに残りました。 真っ黒の肉球が可愛かった足先も、天使の羽の肩甲骨も、仏様の形をした喉仏も、長すぎる程長くしなやかな尻尾の先まで、1つ1つその全てを骨壷に収めました。

お骨はそのままブランに持ち帰り、ガラス越しに猫部屋が見える場所に置きました。 今日は店内に祭壇を作り、アッシュを知っているお客様には亡くなったことを伝えました。

犬の預かりをしている頃から、「私が関わった動物は必ず幸せのレールに乗せる」という強い思いで犬猫の預かりボランティアをしてきました。 どの預かりボラさんもそうだと思いますが、自分の愛犬愛猫と同じように預かりっ子に愛情を注ぎ、自分の子以上の手間と時間と気を使って預かりっ子が幸せになれるよう努力しています。 本当はずっと手元においておきたいけど、自分が飼うより幸せになれると信じて、泣く泣く送り出します。 赤ちゃんのように甘えてくる可愛くて大好きなアッシュを送り出したのも、アッシュが本当の家族の元で一人っ子として幸せになれると思ったからです。 アッシュを譲渡しなければ、今もまだ元気にブランで遊びまわっていたんじゃないかとか、私が何かを見過ごしていたんじゃないかとか、思うところは沢山あります。 何が間違っていて何が正解だったのか、まだ分かりません。 今はただただアッシュがこんな若さでこの世を去ってしまった悲しさと悔しさ、アッシュを可愛がって応援してくれた皆様に対する申し訳なさで心が一杯です。 「おめでとう」と言ってもらったのに、幸せになれると信じてもらったのに、こんな辛い報告をする事になってしまいました。 本当にごめんなさい。


命を繋ぐ赤い糸を結ぶため、1クリックにご協力をお願いします。→ 

2016/03/01 23:40 | カフェブラン | Comment (6) | Top▲